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転生するイコン

ルネサンス末期シエナ絵画と政治・宗教抗争

著者:松原知生/著
価格:11,800円+税
刊行日:2021/01/15

出版社:名古屋大学出版会
ISBN:978-4-8158-1007-8
Cコード:3071
[単行本](絵画・彫刻)

古今の時間を自在に行き来し、「像」と「アート」の汽水域にたゆたうシエナ派絵画。都市を守護する聖画像の運命をたどり、イメージ論の新地平を切り拓く労作。



内容紹介

古今の時間を自在に行き来し、「像」と「アート」の汽水域にたゆたうシエナ派絵画。イタリア戦争と宗教改革にともなう波乱のなか、「聖母の都市」を守護する古きイコン=聖画像はいかに動員され、新たな使命を獲得したのか。繊細なシエナ美術に秘められたダイナミズムを析出し、イメージ論の新地平を切り拓く。

まえがき

イタリア中部の古都シエナ。トスカーナ地方の甘美な風景を特徴づける、なだらかな丘の上に築かれたこの中世の町を歩くことは、現代の都市生活とはまったく異なる経験をもたらす。迷路のように無数に入り組んだ石畳の細い路地を歩むと、ゆるやかな勾配の上り下りとともに、景色がさまざまに変化していく。往時のままの姿で立ち並ぶ石やレンガ造りの建物やアーチが、微妙な陰影を足もとに投げかけ、見上げると頭上には軒によって細く鋭く切り取られた明るい青空が広がる。今も時を告げる古い鐘の音が、人々の声のさざめきや鳥のさえずりと混じり合い、壁つたいに反響して柔らかく身体を包み込む。坂を下ったところにたたずむ泉(フォンテ)の縁に腰をかけ、ほの暗い水底をのぞき込んでいると、あたかも中世以来の時間の流れが清澄さを保ったままゆるやかに凝(こご)り、止まってしまったかのように感じられてくる。

中世後期に商業と金融業により発展し、周辺の小都市を支配下に加えつつ領土を拡大し、都市国家として政治的・経済的な繁栄を謳歌したこの町は、イタリアのみならずヨーロッパ全体の守護聖者のひとりに数えられる聖女……

[「序章」冒頭より]

もくじ

凡例
地図

序 章
1 「像」と「アート」の汽水域へ
2 交錯する抗争――政治・宗教・芸術
3 イコンの転生とその四つの様態
4 本書の構成と方法

第I部 時を乱すイコン――古画の再コンテクスト化と古様のモード化

第1章 石の中のイコン
――聖画像のための大理石タベルナクルムの制作と受容
はじめに
1 固定と動員――《恩寵の聖母》礼拝堂
2 両極性の演出――ピッコローミニ礼拝堂
3 グロテスクな凱旋門――フォンテジュスタ聖堂主祭壇
おわりに

第2章 尼僧の手仕事?
――「サンタ・マルタの修道女たち」再考
はじめに
1 パラサイト/モンタージュ――様式・技法・機能
2 「サンタ・マルタの修道女たち」の批評的運命と作者像
3 マルタとウルスラ――図像的特異性と受容者像
おわりに

第3章 白衣の画家
――ジョヴァンニ・ディ・ロレンツォとカモッリーアの戦い
はじめに
1 戦場のマリア──図像的例外性とその時代背景
2 「生ける聖女」の幻視と啓示――テクストの中の旗幟
3 自註としての画中画――イメージの中の旗幟
4 モンタペルティの戦いとその聖遺物
5 白をめぐる観念連合
おわりに

第II部 イコンとヴィジョンのあわいに――初期ベッカフーミによる三つのメタ・イメージ

第4章 聖母の子宮
――《聖三位一体と聖者たち》
はじめに
1 三位一体の幻視と現前
2 幕屋としての聖母
3 雲と受肉
おわりに

第5章 幻視の遠近法
――《シエナの聖女カテリーナの聖痕拝受》
はじめに
1 交差する視線
2 幻視への道行き
3 観者の没入
おわりに

第6章 天のオクルス
――《玉座の聖パウロ》
はじめに
1 「盾形イメージ」あるいは「天の窓」?
2 幻視者の憂鬱
3 「正義ハ天ヨリ見下ロセリ」
おわりに

第III部 母なるイコンを体内化する――「絵画タベルナクルム」考

第7章 帝国と自由
――ソドマのスペイン人礼拝堂装飾にみる皇帝礼賛と聖母崇拝
はじめに
1 ミクスト・メディアと循環構図
2 双頭の鷲の庇護の下に
3 祝祭装置(アッパラート)としての礼拝堂装飾
4 聖母と皇帝
おわりに

第8章 闘争の表象/表象の闘争
――ソドマによるロザリオ同信会のための二作品をめぐって
はじめに
1 信仰的修復による「ロザリオの聖母」への転生
2 流用の動機――古画崇拝とロザリオ信心
(1)第一の仮説――「復興」の同期性
(2)第二の仮説――古いメディウムと新しいメディアの共働
(3)第三の仮説――記憶術としてのロザリオ、「効力あるイメージ(イマーゴ・アゲンティス)」としての古画
3 演劇性と現前化――ソドマの絵画タベルナクルム
4 言説的論争と形象的論争――無原罪懐胎説をめぐる紛糾
5 白の隠滅――ソドマの行列用旗幟
おわりに

第9章 タブローの中のイメージ
――対抗宗教改革期シエナにおける絵画タベルナクルムの展開
はじめに
1 古画とロザリオ──ドメニコ会の民衆教化におけるイメージの役割
2 《プロヴェンツァーノの聖母》崇拝の影響圏
3 他の托鉢修道会による模倣と流用
(1)フランチェスコ会
(2)アウグスティヌス隠修士会
(3)カルメル会
(4)聖母の下僕会
4 ローマ・バロック彫刻の流入と絵画タベルナクルムの衰退
5 絵画タベルナクルムとしてのカモッリーア前門
おわりに

第IV部 上書きされるイコンの記憶――共和国滅亡後のシエナ絵画

第10章 都市と絵画の防衛機制
――ジョルジョ・ディ・ジョヴァンニとシエナ戦争
はじめに
1 カモッリーアの戦いからシエナ戦争へ
2 作品の中の作戦――《シエナ市民を励ます聖パウロ》
3 フレームの内と外――マジョーネ聖堂の《無原罪懐胎の聖母》
おわりに


第11章 亡国のパトス、喪のトポス
――敗戦後のシエナ絵画における都市表象
はじめに
1 アナクロニックな砦たち
2 地上の門と天上の門
3 検閲とその検閲
おわりに

第12章 Apparizione/appropriazione
――メディチ家支配初期のシエナにおけるフィレンツェ絵画
はじめに
1 イコンとその陰画――二つの祭壇画における聖母像と都市表象
(1)カラスとトスカーナ大公――フォンテジュスタ聖堂《ペストの聖母》
(2)分裂する図像と様式――ズッキによる祭壇画
2 深淵の中の紋章――既存の壁画装飾への二つの介入
(1)共和制の墓標――ペッレグリナイオの拡張工事と追加装飾
(2)記憶の断罪――カピターノ・デル・ポポロの間における改修
おわりに

終 章
1 転生の果てに――現代のイコンとしてのドラッペッローネ
2 楕円の時空

あとがき
初出一覧

参考文献
図版一覧
事項索引
人名索引
英文要旨
英文目次

松原 知生

1971年、岐阜市に生まれる。1994年、京都大学文学部卒業。2002年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2006年、第4回『美術史』論文賞(美術史学会)受賞。シエナ大学考古学・美術史学科客員研究員などを経て、現在、西南学院大学国際文化学部教授、博士(人間・環境学)。著訳書、『物数奇考――骨董と葛藤』(平凡社、2014年)、Senses of Sight: Towards a Multisensorial Approach of the Image. Essays in Honor of Victor I. Stoichita(共著、L'Erma di Bretschneider, 2015)、ストイキツァ『絵画の自意識』(共訳、ありな書房、2001年)、同『ピュグマリオン効果』(訳、ありな書房、2006年)他